大湫宿 当節かわら版
10月大湫宿行事予定
1日
2日
3日
5日


7日
8日
13日
14日
17日
13日
20日
21日


23日
27日
30日


**
11月 
3日
財産区定例協議会
水野瑞浪市長と語る会
※紙・古着資源収集日
区長会定例会
シルバー奉仕作業
※不燃ごみ収集日
大湫神明白山例祭
瑞浪市健康福祉まつり
集まろう会(イモ収穫)
神田白山権現例祭
※資源ごみ収集日
宗昌寺坐禅会
大湫病院秋祭り(大湫太鼓出演)
足又八幡例祭
幼小中合同資源回収
瑞浪市青少年育成市民会議
連合区長会
秋の教育公開日(小中音楽会・授業参観)
釜戸小太鼓クラブ発表
広報委員会

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大湫町文化祭

大湫宿お休み処へようこそ!
10月 営業日 7日、8日、14日、21日、28日
今年も、11月まで
原則日曜・祝日(10時〜15時)営業!

皆様のお越しをお待ちしております。


大湫町敬老会、開催!
〜 皆さん、これからもお元気で・・・ 〜

大湫町敬老会

 敬老会などについての思い
渡邉 貞子 
 去る9月16日、平成19年度敬老会が大湫公民館で行われ招待して頂きました。
 最初は来賓の方々の祝辞を賜り、御馳走を戴き乍ら子供会の熱唱を聞いて一緒に歌いました。続いて孝風会の方々による詩吟の出演で声の元気の良さには敬服し驚きました。そして日本舞踊5名の皆様の完璧の踊りには唯魅了され拍手が止りませんでした。中津川から来湫されたオカリナの演奏も立派でした。
 こうして町内の役職の皆様でのお骨折りにあずかって多彩な行事が行われ、心温まるおもてなしに幸せを感じ乍ら時間が過ぎました。
 それに行事は敬老の日だけではありません。
 夏には子供さんと一緒に育てられた丹精込めた花束を持って年寄りの家へ区長さん棚橋さん子供さんが訪問して下さいました。
 9月14日に釜戸小学校の北澤李紗ちゃんからお手紙を頂きました。「体はだいじょうぶですか」「体は大切にして下さい」「これからも元気でいて下さい」と本当に思いやりのあるお手紙を頂き胸が一杯になりました。李紗ちゃんどうも有難うございました。
 此のように町内をはじめご近所の皆様にお世話になり乍ら多くの方々から祝福され慰められ生きられることのよろこびをひしひしと感じ、感謝している毎日でございます。敬老会に出席させて頂いてどうも有難うございました。

大湫町敬老会

 敬老会に参加して
奥村 武夫 
 午前11時に写真を撮るから、それに間に合う様に集合するようにと通知があった。10時30分に我が家を出る。公民館に着くと、はやくもほとんど皆さんがカメラの前に座して居られた。私は遅かったので最後列に並ぶ。
 よく文章は人格だと申しますが、文章のみならず、凡ての会合は人格の反映で、其の人役員が善ければ其の会のメニューも善く、其の役員が悪ければ其の会合も悪い。其の役員が向上すれば、それにつれて敬老の会も向上する。其の人物(役員)が堕落すれば会も亦堕落する。
 それ故に、一つの仕事を持ち、一つの会を持つ場合、これを成功させるには内部の人々を善くすることが如何に大切であるかが分かります。人間が本位である。何処までも人物が基礎であります。苟も事を成さんとする者は、皆善い人を見つけよう、賢人を求めようとして、耳を長くし眼を皿のようにして、孜々汲々、昔周公が一休に三度其の髪を握り、一飯に三度其の哺を吐いてまで賢人を迎えた。
 敬老会を開くに当たり、区長会長を始めコミュニティ会長役員方々の賢明で豊富な思慮を十分にお持ちの腕を生かした事がはからずも幸いし、会の進行と共に私共にこの上ない和やかな雰囲気のなか酒ビールを酌みかわし、四方山話に、日本舞踊の話に時間を忘れ、楽しいひとときに最高の喜び、いまだ脳裏からはなれません。舞の鑑賞中に思わず手をたたく場面もあり、此の上ない喜びの現われでもあります。
 舞踊はテープ、カセットではなく、肉声に合わせて歌い踊る舞台面が私にはアッアァいいなあーと思わせてくれました。淑やかな舞―古城、板橋さん有難う京子さんごくろう様でした。
 それに役員方々のソツのない持てなしと進行のよさに只々自然と頭がさがり、感謝そのものがあるのみです。有難うございました。厚く御礼申し上げます。

大湫町敬老会

 敬老会に感謝
可知 昭三 
 コミュニティ推進協議会、区長会の皆様方のお骨折りにて盛大な敬老会を開催して下さりありがとうございました。
 敬老会に招待されて5回目、御馳走を戴き乍ら舞踊、「オカリナ」と余興を見せて頂き楽しい1日を過ごす事が出来ました。
 私事ですが振り返ってみますと平成6年6月16日66才、奇しくも6の字の並ぶ日に大怪我をしてしまいました。その時は何も考えられずおろおろするばかりでした。あれから10年余り経て、今では不自由乍ら何とか生活出来る様になりました。その節は皆々様に大変御心配やら御迷惑をおかけし誠に申し訳ありませんでした。この書面をお借りして御礼申し上げたいと思います。ありがとうございました。
 これからはなるべく明るく、外に目を向けて、一日一日を大切に、又小さな事でも私に出来る事があれば皆様から戴いた御恩に報いたいと思っております。これからもよろしくお願い申し上げます。


釜戸中学校体育祭、開催!
釜戸中学校体育祭
 最高の体育祭
釜戸中学校3年 桐井 千沙 
 今年の体育祭は、中学校最後の体育祭でした。
 でも一番いい体育祭でした。
 練習はわずかな時間でしたが、一回一回の練習に集中して真剣に取り組む事ができました。
 そして本番では、練習以上に一生懸命にできました。また、どんな時も、三年生が一番に声を出すことができ、最後の最後まであきらめず、団結することができました。そのおかげで練習以上の記録もでました。
 結果は負けちゃったけど、悔いはないです。とてもいい思い出になりました。
釜戸中学校体育祭
 体育祭のふり返り
釜戸中学校3年 奥村 智代 
 今年は、義務教育最後の体育祭でした。
 私は、3年間の中で一番の印象は学年種目、全校種目だと思います。
 学年種目では、クラスの皆でアイディアを出し合って考え、体育祭を盛り上げようと考えてきました。自分達が楽しめるだけじゃなく、見ている皆が楽しめるようにと工夫をしてきました。
 全校種目は、皆が団結しなければできない種目。皆それぞれ頑張れていたと思います。
 私は最後の方の種目は出れませんでしたが、良い思い出になったと思います。
釜戸中学校体育祭
 最後の体育祭
釜戸中学校3年 奥村 真治 
 今年の体育祭は中学校最後の体育祭でした。
 僕は、3年生で、1・2年生をまとめたり、教えてあげたりする立場でした。
 体育祭の練習では、団長や団リーダーを中心にやってきました。そして、一人一人が一生懸命やれました。
 結果は、僕は負けてしまいましたが、くいの残らない体育祭ができ、とても良かったです。


 釜戸小学校運動会、開催!
釜戸小学校運動会
 〜「生活の記録」から 
釜戸小学校6年 奥村 和広 
 今日運動会がありました。
 ぼくはきんちょうしてきました。
 きょうぎの「かっ飛びハードル走」では4位だったけど、最後までがんばりました。
 「つないでハリケーン」では赤にまけたけど、最後までがんばりました。
 親子きょうぎでは、ボール運びをやって1回落としたけどがんばりました。
 得点では797点でかちました。
 くいのない運動会ができたのでよかったです。

 運動会でがんばった事
釜戸小学校5年 寺倉 千花 
 9月22日に運動会をやりました。私は白組で、係の仕事は応援団になりました。
 でも今年も白組は負けてしまいました。
 私は一番がんばったのは応援団の仕事です。わけは、白組は、応援では勝ったし、運動会当日までずっと練習をしたり計画をたてたりして、赤組に勝つように、大きな声を出したり、動きの工夫をしたりしたからです。(中略)
 応援の事でもう一つあって、6年生がきょうぎに行っても4年生(応援団の)と協力してやれてよかったです。それとみんながきょうぎをやっている時のおうえんの時には、いつもよりもずっと大きな声を出してやれてとてもうれしかったし、「応援団になって、とてもよかったな」
と思いました。
 後半のSUPAR SORAN2007は、今まで学校でテストを受けたり六年生といっしょに練習したり、家ではなほちゃん(お姉ちゃん)にテストを受けたりしていっぱい練習しました。だから今までよりもっともっと上手にかっこよくお客さんにみえるようにがんばって、今までの練習では「暑くてめんどくさいなぁ」と思っていたのが、しんけんにおどれていてびっくりしました。
 来年は6年生でいそがしいけど、今年みたいに応援団になれたらなって、6年生の運動会の時に今年以上にがんばりたいです。

 つかれた運動会
釜戸小学校4年 奥村 康平 
 今年の運動会は赤が勝ちました。でも、おうえんがっせんでは白に負けてしまいました。ぼくが運動会でがんばったことは、二つあります。
 一つ目は「フープをくぐって60メートル」です。理由は、練習の時は赤組が負けていたけど、本ばんは、こうきくんが1位でぼくが2位でした。1位と2位でゴールしたことはうれしいけど、こうきくんが1位だったのでちょっとくやしかったです。
 二つ目はかかりです。ぼくはかかりはおうえん団です。赤組をならばせたり、おうえん団の動きをおぼえたりしてたいへんでした。おうえんがっせんは負けてしまったので、らいねんは勝ちたいです。
 でも、西垣先生がとくてんの表をみたら、おうえんがっせんそのものは勝っていて、きょうぎ中のおうえんが点がひくくて負けてしまいました。赤組が一番高かった所はおうえんだんの動きだったのでうれしかったです。来年なれたらまた、おうえん団になりたいです。
 来年は何組になるか分からないけど、来年も勝ちたいです。もし、おうえんだんだったら、おうえんがっせんは絶対勝ちたいです。それには、きょうぎ中のおうえんもしっかりやりたいと思います。

 「運動会、がんばったよ。」
釜戸小学校4年 北澤 李紗 
 私は、今日、運動会がありました。いまから、がんばったことと、その時がんばろうと思ったことの、二つを書きます。
 まず、がんばったことは、一つ目は、おうえんです。私は、おうえんの方では、ゆうしょうできなかたけど、岩島先生が、「赤組は、かったと思います。」
と、いってくれたので、がんばったなと思います。
 二つ目は、なんくるないさーです。私は、たまにしっぱいしちゃったこともあったけどがんばりました。
 三つ目は、係の仕事です。しっぱいしたりしたけど、お父さんやお母さんに、 「よくがんばったね。」といわれて、がんばったと思います。いろんなきょうぎなどもがんばりました。
 さいごに、その時、がんばったことは、「力をあわせて、なんくるないさー」の時に、いろんなところをがんばりました。その中でいちばんがんばたのは、手足をあげるときです。私は、歯を、くいしばって、やりました。
 ほかにも、係や「フープをくぐって60メートル」や「ボールおきかえリレー」などもいろいろがんばりました。

 がんばった運動会
釜戸小学校4年 渡邊 結機 
 9月22日に運動会がありました。私は、運動会でがんばったことが、三つあります。
 一つ目は、きぐ・ライン係のことです。私は今年、運動会の係で、きぐ・ラインでした。きぐ・ライン係は、おもい物とかも、走っておくばしょにおかなくではいけないので、少したいへんでした。たいへんだったけど、がんばりました。
 二つ目は、「力を合わせて、なんくるないさー」です。最初のころは、うまくできなかったけど、うまくできたのでうれしかったです。私は、なんくるないさーのさかだちのときに、いつも、山さきあかねさんの足をおとしてしまっていたけど、ほんばんのときには、おとさずにできたので、がんばりました。
 三つ目は、おうえんがっせんです。おうえんがっせんでは、声を出しすぎて、のどがいたくなったけど、せいいっぱいの声が出せたので、うれしかったです。
 すごくいい運動会でした。来年は、ゆうしょうしたいです。


 消防団活動の理解と支援を
大湫町区長会会長 大竹 晃 
瑞浪市消防団第三分団 市長特別点検
 9月2日の日曜日に、釜戸小学校のグラウンドで瑞浪市消防団第三分団の市長特別点検が行われました。
 この特別点検の目的は、団員の職務遂行に必要な状況を検査点検し、その不備な点などを反復訓練することにより、現実の消防活動に際し有効適切な措置を講ずる事ができることを目的とした訓練であります。
 編成・整頓・行進など基本的な訓練に加えて、今年は小型消防ポンプによる水出しの訓練も行われました。
 消防団員の皆さんには、日頃のお勤めのある中、地域住民の安心・安全を確保するために貴重な時間を割いて、有事に備えて日頃訓練に助んで頂いております。
 そうした訓練などのは、今は釜戸町で行われる事が多くその様子に接する機会が少なくなりましたが、消防団員の活動に理解と支援をお顔いをいたします。
 多数の被災者を出したあの阪神淡路震災以降も全国各地で大きな地震が続いております。
 この地域も、安政東海地震(1854年)から150年余を経過しており、東海地震はおおむね100年から150年の間隔で発生しており、相当な歪みが蓄積されていると考えられ、いつ大地震が起きてもおかしくないとみられています。
 言われているような規模の地震が発生すれば、大きな被害も予測されております。
 いざと言う時に頼りになるのが身近な消防団員の皆さんの活躍であります。
 大湫町民の安心・安全が団員皆さんの活躍かかっていることを自覚され、日頃の訓練に励んで頂き、有事に備えて頂きたく思います。
 消防団の活動は、最高のボランティア活動であると思います。
 消防団員各位のご活躍を期待しております。

 集まろう会による「生きもの探し」を
   通して感じた「水辺」の魅力
岐阜県東濃農林事務所 足立 実成 
集まろう会「生き物しらべ」
 「こんなきたないところ入りたくない!」って子供の第一声が聞こえました。「そんなこと言わずに入りゃ〜て!」と大人たち。子供たちは、その言葉に嫌がりながらも、結局、一人二人と川の中に入っていきます。自然にワイワイと大騒ぎになり、最後には「まだ魚を捕まえたい!」って夢中になってしまい川から離れない。

 私はここ数年、このような「イベント」の仕掛け人をしています。最近の子供たちは「水路やため池」といった水辺に近づくことなく成長しているためか、こどものたちの反応はどこも同じです。こんなにたくさん自然が残っている大湫地域の子供たちも同じでした。私はビックリしました。

 きっと昔は、地域の人たちが、自然と水辺に集まっていろいろな話に花が咲き「水辺」が地域の人々の「集いの場」であったと思います。今では「生きものをつかまえる」ことも「イベント」にしないと、子供たちも大人たちも、水辺に近づくことができなくなってしまいました。「せっかくの機会だから川の生きものを捕まえよう!」参加していただいた方からの言葉が印象的でした。

 私が、先日の「小さな川での生きもの探し」で感じたことは、今も昔も「水辺の持っている魅力に変わりはない。」ということです。子供たちが、はじめは嫌がりながらも水辺に近寄り、川に入って夢中になる。そして、まわりには、子供たちを見守るおじいさん、おばあさん、お父さん、お母さんといった大人たち。話題は「昔、大湫地域に棲んでいた生きもの」から、やがて「懐かしい話題」に変わっていきます。話が盛り上がりました。今も昔も「水辺」が地域の「集いの場」であると思いました。

 さて、数年後に、大湫地域の農山村風景は大きく様変わりします。私たちが生きていくために必要な主食「お米」を効率よく生産するためです。「生きもの探し」に参加した子供たちには、「水辺から見上げた」大湫地域の農山村風景は最初で最後の経験だと思います。私は、今の子供たちが大人になったときに、昔の川はきたなかったけど、きれいになったおかげで、人だけでなく魚にとっても「水辺」が「集いの場」として魅力あるものとなってほしいと考えています。
 先日の「小さな川の生きもの探し」が、単なる「楽しかった」とか「貴重な経験だった」だけで終わることなく、「集まるきっかけづくり」の第一歩となれば、大変有意義な地域活動であったと思います。

 私は本年度から「集まろう会」の活動に参加したり、カメラを持って伺っています。大湫地域の古き良き伝統を守りながら、新しいことにチャレンジしようする「大湫地域のパワー」を感じています。今までの地道な活動は必ず子供たちに引き継がれていくことと思っています。

PS.箱寿司、おいしくいただきました。
   ありがとうございました(m_m)
集まろう会「箱寿司づくり」
9月8日の集まろう会では、土岐川観察館長さん・国、県の職員の方々と一緒に有意義な1日を過ごしました。
みんなで作った「箱寿司」を一緒に食べながらの歓談がとても楽しく、和気あいあいの雰囲気ができたところで「生き物しらべ」に出掛けました。
御湯川(中井溝)が、最もきたない川に属することを知りました(残念!!)。

県農林事務所の足立さんの一口感想・・・
『大湫地域の人たちは我々と一緒になって行動して下さった。
温かいもてなしもあって、こんな地域は他にない。』

 お休み処に地元の野菜を
天野 長三郎 
 今更こんな事をいっても、すでに結果はでており無理な事は判っている。10年前、グリンロード中仙道を立上げ、一人でも多くの人が大湫宿へ来てくれることを期待して、沿線の日吉・釜戸の皆さんにも呼びかけ、土産物を作って地域の活性化を図ろうとした。
 中山間地域活性化事業の適用を受け、国や市の補助金を受けて高齢者の働く仕事を作り出そうとした。一時期は会員150人を超える賛同があって、日吉のコミュニティの加工施設を使って土産物作りに取り組んだが、今一中仙道を訪れる人は少なく、せめて妻籠・馬籠の十分の一ぐらいの人が来てくれたら実績が上がるのにと地団太を踏んだ。方針を変えて市の中心部で朝市を始めたが、これ又場所に恵まれず、来客が少なく売れなかった。売れないので出品する人が少なくなるの悪循環を招いて、結果的に解散の憂き目を見てしまった。
 今、姿を留めているのは区長会で作って頂いた「お休み処」とグリンロードの幟だけだが、有志の自発的熱意に支えられて行楽シーズンに「御平餅」が売られている。運営は四苦八苦の状態である。何としても地元で作った野菜や漬物を並べたいと思うが、これ又売れない、売れないので作る人がないの三竦みで頭を抱えている。川の流れに逆らうのは大変なことで、ここら辺りが「潮時」かと思うが、一人でも物好きな人の現れるのを願いながら「馬鹿」と言われようが、「欲」が深いと見られようが一人でも特産物を作り出して「お休み処」に並べたいと思っている。
 何にしても町の活性化の方法はいろいろあるが、これからも年寄りは増えるばかりであり、遊んでばかりいると体のためによくないことは誰も知っている。自家用の野菜を作るついでに「お休み処」に出す野菜を是非作ってはしいし、安全・安心の無農薬野菜を家族に食べさせることを年寄りの生き甲斐にしたい。虫が食って見た目の悪い野菜は安くしか売れないが、高齢者で出来る仕事と言えば野菜づくりぐらいしかない。経済性は抜きにして人に喜んでもらえることをやりたいものだ。
 それと日頃思うことは何で大湫に住んでいて「中国で作られた野菜を食わなければならないのか」と納得がいかない。これから13億の人口を抱える中国が経済成長につれて腹一杯食うようになったら、忽ち食糧が不足して輸入国に転ずることは目に見えている。今夏の暑かったこと、確実に地球は温暖化に向かっており、高温現象による旱魃や砂漠化が進んでいる。食糧生産が心配されている反面で、世界の人口は毎年1億人づつ増加していると言われている。どう考えても近い将来食糧危機が到来すると思う。
 大事な食糧をつくる農業がおろそかにされているが、必ず見直される時が来ると信じて野菜ぐらいはつくることを心がけておきたいと思う。と云って後何年頑張れるか体力の蓑えを感ずるこの頃である。

大人の寺子屋
『良心に目覚めよ』
― 正義・道義に生きる有志者の奮起 ―
徳増 省允 
 良心に目覚め、覚悟して正義・道義に生きる生活態度、そのために志有る人達が勇氣をもって奮起する時が今到来しました。志の有る人々の実践と行動がすべての分野で求められ、その有志の中より多くの指導者が生れ、己れの使命(天命)に生きようとする人物が待たれています。良心をとり戻すことが混迷と混乱の中の世相から脱する唯一の道ということです。
 幕末から明治維新にかけて時代の大転換期に、その思想的支柱となった中国明代の王陽明の陽明学思想は、今日の日本社会にも大変必要な精神的《心身の学》であると思います。
 その根本にあるのは「心即理(しんそくり)」と「致良知(ちりょうち)」です。
「心即理」とは、「心」と真理は一体のものであるといいうこと、「致良知」とは、「良知(良心)」に致る、良心に立ち返り「真己」となるということです。言い換えれば、良心に立ち戻り、真己(本物の自分)になれということ。「誠」です。
 「至誠(しせい)」は有名な吉田松陰の思想の中心でありました。又幕府側の新撰組の旗じるしも、この「誠」であったことを思うとき、双方の思想の中心には最も大切な良心があったのです。それぞれの立場と分に応じ、良心にのっとり行動した純粋な思いの若き力を思うにつけ、双方が敵と味方として戦う歴史の流れの中での皮肉としか言いようがないのです。
 志ある者(志士)の精神であり、死を恐れぬ乾坤一擲の行動であったと。それが「武士道」の基にある精神であり、「良心の呵責」あるが故の「恥」を知る生き方であり、出処進退を覚悟する「美学」であったことに思いを致すとき、今の世ほど美学なき行為行動が目に付くことは過去にないでしょう。
 《良心も覚悟も》感じとることのできぬ不祥事件の日々あまりに多いこと、そしてなんとなく過ぎ去る状況にあります。そこには「正義」とか「道義」という言葉が忘却され死語と化しています。
 昭和58年12月世を去った故安岡正篤氏は、その著「大和」の中で、「人の志が立つに伴って、人間の本具する徳性や、理性は、反省ということを知って、ここに我々の思惟(しい)・行為に、何がよろしいか、よろしくないかの判断を生ずる。これを義という。義は宜(ぎ)である。/そして実践と離れることのできない性質のものであるから、道義という」と。
 「義と利」について考察すれば、人は「利」を有形、無形のかたちで求めて生きるのが常であるが、分を越えて欲望を満足させんがために、多くの場合、義に添った志を害する性質があります。
 明治期に活躍した日本の会社経営の先駆者、論語を経営の精神的支柱とした渋沢栄一翁は「右手に算盤、左手に論語」との名言を残し、「利と義」の一致を求めました。
 仏教には「利他」という教えがあります。「利他の精神」は今日的世相に大切な教えです。江戸後期の大儒細井平洲の説く「先施の心」も同じ意をもった真理であり、良心のなせる人としての徳目です。
 「義と利」が一致するほど「真の利」であり、本物に限りなく近づくことになるといえます。古典によれば「義は利の本(もと)なり」と『左伝』に云います。又「利は義の和なり」と『易経』に云う。
 人間が生活を営むことは、そこに利の働きをぬきにして考えることはできません。ましてや今日のように拝金主義、功利主義、快楽主義にあって、道義をはなれて利のみが我が物顔に正義づらをして横行する現実を見るにつけ、このままでよいのか、根底より改めなければなりません。言い換えれば、道義を失った利の追求がもたらす、正義なき、良心なき、分不相応な行為行動を「恥」と考える魂の働きをとり戻すことであります。
 「良心と正義」が、今、世の中で希薄となり、忘れられてきているのは、人の精神が頽廃的になっているからでもあります。日本人の大和魂、民族としての日本人の良心です。この魂の奮起、それは武士道に通ずる伝統の大和の精神の実践活動であります。
 良心、それは仁(仁愛)と義(道義)であり、それをとり戻すための学問と修養そして勇氣ある実践と行動ではないでしょうか。言うまでもなく、そこに強い「志」が必要です。志士の精神の再生です。細井平洲は、19歳で初めて入封する上杉治憲(後の鷹山)に対して師としての餞別の言葉を送りました。君には14歳のみぎりより、仁と義についてはすべてお教え申し上げた。あとは、「勇氣」あるのみで御座いますと。
勇なるかな、勇なるかな、
 勇にあらずんば 何をもって 行わんや
すべての実践のためには勇氣をもって行うことしかないのだと教えます。藩主上杉治憲はその後、破産寸前の名門米沢藩の藩政改革を勇氣をもって率先垂範し改革を成功させ他藩の手本となりました。
 先述の安岡正篤氏は、日本の現状と将来への憂いから、志有る人の奮起を求めて書き残しています。―「日本の現状は確かに頽廃している。病氣には見えなくても、相当重患であるが、覚悟と努力次第ではまだ救えぬものではない。そして一面確かに、この頽廃の呪縛から己を解放しようという人々の熱望も強くなっている。新しい光明の大地に注ごうとする底流も導き出されている。日本人の内なる真の心は、…やはり正しい救いを待ち焦がれていることを信ずる」と。
 安岡氏の指摘はまさしく的中し、バブル経済の崩壊、平成に入って不毛の10年、新世紀に入って9年、混迷する中で日本の病状は進行して最終の期に入っています。相当な大手術をしなければ
+回復の見込みはない状況と判断すべきでしょう。
 安岡氏はまた次のようにも。―「不幸にして今日、人心風俗は、折角進歩した学問、究明されている真理から背馳(はいち:そむきくいちがうこと)している。親達は子供等を学校に入れるだけで親(みずか)ら教育しようとせず、教師は本来の使命を怠り労働組合員となり、政治家は民衆に迎合して指導力を失い、世人は不義不正を傍看(ぼうかん)して氣概を亡くしている。…曽(かつ)ての偉大な指導者達は皆時代の風潮に屈しなかった人々であり、新しい時代の創造は、こういう信念あり、勇氣ある少数の人々の不屈の努力に因るものである。/日本の危機に臨んで、有志者の雄健(ゆうけん:雄大で剛健なること)を祈る」と。(「醒睡記」より)
 われわれ一人びとりが、それぞれにこの末期的世相に思いを致し、偽物でない本物を究めてこの危機をのり越える勇氣をもち、努力せねばならないのです。
一人びとりの魂から発する「熱き思い」、その中から「良心と正義」をもって志ある人々が奮起し実践行動することです。
 又、有志の人々をわれわれは本物の指導者として補助し応援して、その志を達成させなければなりません。
 本物の指導者は私欲私心を捨て、世の為、人の為に使命を果たす《至誠》の覚悟が求められるのです。われわれは偽物を見通し、これを排除し、本物とは何か、本物を求める良心をとり戻し、正義をつらぬこうとする魂からの発する信念と勇氣の流れをつくり出すべきです。
 良心と正義をよび戻すためには、真に学びて自らに問うとする学問―心学を継続するという決意、実践行動をともなう修養のために修行を継続する決意、偽物をすべて排除する決意、大和(だいわ)の精神にのっとり自らの視野を広めるために目の先の小事に迷うことなく、大局を見ること究めるための公欲を求める決意等に目覚め生きることです。そのことにより自らの使命に生きる覚悟をする勇氣であり、浩然の氣を養うことであります。

集まろう会通信
10月の集まろう会は・・・・芋ほりをします

・い つ 10月13日(第2土曜日)9:30〜
・どこで 旧大湫小学校(集合大湫小学校)

※校舎前のさつま芋は、何故かイノシシ君の目にも止まらず、青々と育ちすぎています(中の芋の出来は、はたして?)
※お昼になったら、校舎内の調理室で、自由に工夫して作って食べましょう。(時間の許す方はどうぞ)


☆「物づくり」は、今度いつやるの?
 17日は、大雨のため中止でした。
 次回は10月5日(金)9:30からです。

宗昌禅寺坐禅会のお知らせ

今月の坐禅会は、
10月19日(第3金曜) 午後7時から1時間ほど。

参加費(布施)一人500円です。
お問合せは、宗昌寺(0572-63-3166)
  または、 渡邊和隆(0572-63-1550)まで・・・・


 区長日記
区長会長 大竹 晃 
 9月17日は「敬老の日」であります。
 全国では65歳以上人口は21.5%を占め、80歳以上人口は昨年より39万人増えて、全体の5.6%の713万人になり、このうち女性は男性のほぼ2倍の480万人を占め女性の強さを伺わせます。
 「敬老の日」は終戦から2年後に、兵庫県のある村長さんが9月15日を「としよりの日」と定め「お年寄りを大切にし、知恵を借りて村づくりを」との発想から始まり全国に広がったものであると「中日新聞」のコラム欄にのっておりました。
 戦後の混乱の中、若干35歳の村長さんが発想されたその政治に対するセンスを、首相をはじめそれぞれの首長に見習って欲しいものであります。
 大湫町では65歳以上の人は29.7%、85歳以上の人は11.0%であり全国の数値を大きく上まわっております。
 最高齢者は、明治42年生まれの神田区の板橋ちゅうさんで、男性では大正7年生まれの足又区の足立名和さんであります。
 宮崎県都城市の田鍋友時さんは102歳と世界一の長寿と報道されました。
 是非とも百歳を目標にお元気にお過ごし頂けることをお祈りいたしております。
 昭和・平成の時代も通算82年になり大正時代も遠くなりつつありますが、大正生まれの皆様には「お年寄りの知恵で」少子高齢の大湫町の行く先をお導き頂きたく存じます。


●9月

  ☆ 2日 消防団市長点検
  ☆ 3日 二十二夜祭
  ☆ 4日 圃場整備事業説明会
  ☆ 5日 文化祭実行委員会
  ☆ 7日 定例区長会
  • カタノ・ピックファームが500頭収容の豚舎1棟の増設の計画、協定事項を順守するとともに神田区の理解を得ることとし基本的に了解する。
  • 11月18日(日)に予定されているJRのさわやかウォークの実行委員会を10月18日(木)午後7時から開催する。
  • コミュニティバスの運行について10月末に検討会議の開催予定、運行等について9日の作業の後の会で要望、意見を聞く。
  • 10月2日(火)に「地域懇談会…市長と語る会」が開催される。大勢の人の参加を。
  ☆ 8日 生き物の調査
  ☆ 9日 環境整備作業
  ☆13日 市長と語る会にむけて
  ☆15日 釜戸中学校体育祭
  ☆16日 敬老会
  ☆18日 社会福祉協議会評議員会
  ☆20日 長寿会作業
  ☆21日 農村地域環境整備事業打ち合わせ
  ☆ 〃  秋の交通安全街頭指導
  ☆22日 釜戸小学校運動会
  ☆25日 社会福祉協議会福祉委員との意見交換会
  ☆28日 広報委員会
  ☆29日 しめ絶つくり
  ☆ 〃  女性代表との意見交換会
  ☆30日 中山道大評定


編 集 後 記
長寿会の方々による町内清掃のお陰で、あちらもこちらも美しく整えられて、秋の祭りの賑わいも近くなりました。

いつの頃からか、公民館の図書コーナーが、きちんと整頓されてとても気持ち良くなっています。

それも一女性の方のボランティアによるものです。この地域を思う陰のお力です。

ありがとうございます。
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中山道400年祭

月1回で、第15回目を数えます。